舞台「MIWA」感想2013/10/26 14:00


東京芸術劇場 列下手

う〜ん、エッグの時のような疾走感はなかった。あの時の驚きと興奮がすごすぎて、野田さんへの期待度が高すぎたかも。キャストは良かったんだけどなぁ。戯曲は、大どんでん返しも、せいぜいが安藤牛乳とアンドロギュヌスと付き人くらいか。
まっ、こんな時もあるだろう。
あ、井上真央ちゃんが良かった。

舞台「おのれナポレオン」 感想2013/05/11 14:00

東京芸術劇場 プレイハウス

 出演者である天海祐希さんが体調不良で降板。代わりに宮沢りえちゃんが出ることになった。通常のちの舞台は中止が多い中、代役を立てて対応したのは日本の演劇の中でも異例だと思う。
 短期間での「一部公演中止」「ライブビューの中止」の連絡も早く、しかも丁寧で、スタッフワークのすばらしさも話題になった。
 三谷作品の映画はピンとこないことが多いが、この舞台は文句なしに面白かった!野田さんのナポレオン、大好き!

以下!ネタバレします。一度観たきりの舞台なので間違いもあるはす、防備録なので悪しからず。

まず、配役と特徴
野田秀樹:ナポレオン・ボナパルト
宮沢りえ:アルヴィーヌ・モントロン(シャルルの妻だったが、ナポレオンと恋におちる)
山本耕史:シャルル・モントロン(副官、ナポレオンの随行員としてセントヘレナ島へ同行するが思惑あり)
浅利陽介:マルシャン(従僕、ナポレオンに大変忠実、彼からも信頼されていた)
今井朋彦:アントンマルキ(医者、セントヘレナ島へ随行した)
内野聖陽:ハドソン・ロウ(セントヘレナ総督、英国を愛し国益になることを判断基準とする)

パリ、医者アントンマルキの部屋、中央の椅子に腰掛けて、ナポレオンが毒殺されたのではないかと疑う来訪者ビクトール(セントヘレナ出身の医学生)の質問に答えている。来訪者はいるものとして演技。
「ヒ素による毒殺をお疑いですか?医学生?ああ、どおりで症状にcお詳しい。あ、コーヒーをどうぞ。…」しばし会話した後、 ナポレオンの恋人アルヴィーヌを尋ねるように案内する。
アルヴィーヌ「ええ!頂いたお金で小さな店(安酒場)を…。ワインをどうぞ。あの人を一番愛していたのは私ですわ。あなた、シャルルのところへは?まだ?あの人が一番ナポレオンの財産を貰ったのよ!彼を訪ねてみるといいわ。」
シャルル:「私を疑っている?陛下の葬式に出席しなかったから?この暮らしぶりでどうやって葬儀に出る旅費の工面ができると言うんですか。博打がやめられなくてね。もらった金もあっという間になくなりましたよ。いま?ジゴロですよ。女に食わせてもらっています。ワインをどうぞ。あの男のところへは行きましたか?ハドソン・ロウ(内野)。陛下はあの男を忌み嫌っておられた。」
【注】ナポレオンの遺骸は死亡後約20年してフランスに戻った。葬式とはその20年後の時のこと。
軍人ハドソン・ロウ(内野):「いやぁ、よくいらっしゃいました。」とても老けた灰色のモコモコしたローブをまとった彼が手を揉みながら出てきた。「この屋敷に人が来ることは滅多にありませんで、あなたがいらっしゃる前はかれこれ…、あ、コーヒーをどうぞ。 私は、ナポレオンの監視役を終え英国へ戻ってきたら、さぞ讃えられると思っていました。しかし、戻ってみたら、その早すぎる死に疑問を持たれ侮蔑の反応。地位も名誉も失いました。」(椅子を床にダンっと打ち付け場面はセントヘレナ島、内野さんはローブを脱いで軍服へ)

シャルル「陛下は今いらっしゃいません。」
ハドソン「挨拶に来ると言っておいたのに」
アルヴィーヌ下手奥から登場「陛下は今お風呂に入っていらっしゃいます。すぐにいらっしゃいます。」3人一列に並び彼を待つ。
ナポレオン下手客席通路から登場「いそげぇ、マルシャン! 潮が満ちるぞぉ!」そのまま三人を無視して舞台奥の扉へはける。マルシャンも続く。
アルヴィーヌ「あの…、陛下は潮干狩りに行ってしまわれました。何というか…、とても気まぐれな方で…。」
ハドソン「では、ご挨拶はまたの機会に。」
シャルル「総督、ここでの食事はあまりに粗末な気がするのですが。」
ハドソン「週に一度のパーティーをお止めになればいいのです」
シャルル「我々にも付き合いというものがありましてね。」
ハドソン「ならば、お持ちのものを売ればよろしい。」
シャルル、面白くなさそうに退場
ハドソン一人語り「彼らは自分たちの持ち物を島の人間に売った。しかし、彼らの希望する高値でなど買う者はいなかった。必然、それらは二束三文で売られた。銀食器は、紋章を削ってまでして……クククッ!彼は自由に過ごし過ぎていた。私は彼の夕方の散歩を禁止し、隣家と行き来できないように柵を作った。」
ナポレオンが入ってくる
ナポレオン「柵がぁ、柵を撤去してくれ。」
ハドソン「出来ません」
ナポレオン「飛ぶ鳥が囲われているようだ」
ハドソン「そうです。あなたは、捕虜なんです。もう少し自覚を持っていただきたい。あなたを監視するために島を2700人の兵士が取り囲み、600門の大砲、10隻の軍艦が配置されているんです。年間415000ポンドもの費用が費やされているのです。」 ナポレオン「んあ?今のところをもう一度!年間415000ポンドが予のために使われている!だいたい私はぁ、英国の船に投降しただけで、捕虜ではない。」
ハドソン「私はあなたを捕虜として扱わせていただく。」
二人の会話は物別れに終わる

舞台奥からアルヴィーヌ本を手に登場、マルシャンは下手から アルヴィーヌ「陛下の一日はこんなふうでした。
朝六時起床。大体はそのままベッドに横になっておられ、七時にベルで従僕を呼ぶ。マルシャンは、その音で陛下のご機嫌が分かったと言います。」と、アルヴィーヌが話す脇でナポレオンとマルシャンは身振り手振りで実演
アルヴィーヌ「着替え、ジョギング、お風呂、朝食。陛下のお食事は大変早く10分程で終わっていました。どうしてそんなに早く済んでしまうのか見ていましたが、どうやらあまり噛んではいらっしゃらないようでした。その後体力づくり(ナポレオン腹筋する)
陛下の伝記の制作(ナポレオンが口述するのをマルシャンが書き留める)、体力づくり(また腹筋)、夜八時夕食、体力づくり(また腹筋、なかなか次へいかずナポレオンひいふう言いながら腹筋)、お風呂、そして就寝。とまぁ、こんなふうでした。変化を嫌う方だったのでほぼ毎日この繰り返しでした。」
アントンマルキとハドソン総督がいる
アントンマルキ「陛下はチェスがとてもお強い。私どもの中では陛下にかなうものなどおりません。総督も中々のものと聞いております。いかがでしょう、陛下の呼び方をチェスで決めるというのはいかがですか?
あなたが勝てば"ボナパルト将軍"、陛下か勝てばあなたも"陛下"とお呼びするというのは。」
チェス対決場面、二人の他にナポレオンのそばにアルヴィーヌ、シャルル、アントンマルキ(全て舞台上手)
マルシャンはお盆に飲み物を載せて下手
ハドソンが熟考してコマを動かすと間をおかずナポレオンがコマを動かす。よって始終ハドソンが考えているようになる。
アントンマルキ「総督、お考えになる時間が長過ぎます」
ナポレオン「シャルル、お前ならここはどう動かす?」
シャルル、ナポレオンに耳打ちする。
ナポレオン嬉しそうに自分のコマもハドソンのコマも解説しながら1人で動かし始め、「ほら、ここでちぇっくめいとだ!」(ハドソンの負け)
アントンマルキ「さぁ! これからは総督も"陛下"と呼んでいただくことになりますね」
ハドソン「いいや!これは反則だ!さっきあなたはワーテルローの話をしながら持っていたコマを使わず、別のコマを使った。これはタッチアンドムーブ(一度手にしたコマは使わなくてはならない。)に反する」
ナポレオン「総督、これが実践でなかったことに感謝するんですな。戦争には反則も何もない」
日にち変わって
アルヴィーヌがシャルルに「早くして、急がないと陛下がジョギングから戻ってきてしまう!いい?台詞は入っているわね?」
シャルル「お前に言われたくないなぁ」
そこへ、ナポレオンが戻ってくる。
ナポレオン「今日はモリエールの町人貴族をやってくれるんだろう?」
アルヴィーヌ「えっ、ええ。でも、練習がまだ……」
ナポレオン「そんな、1日や2日でできる人なんていないんだからぁ、今やって。」
シャルル町人貴族の一部を思いっきり棒読み。
ナポレオン「え?なに?途中から?全然わからないんだけど1幕一場からじゃないの?」
シャルル「5幕?場です。陛下が面白いところからでいいと…」
ナポレオン「えっ、僕が言ったの?」
シャルル「はい。」と言ってその時のナポレオンの台詞を言っていると途中から本人が同じセリフを言い出し、
ナポレオン「あ、言ったかもしれなぁい。じゃあ、ピアノ、ピアノは弾けるか?」
アルヴィーヌ「はい。」
ナポレオン「じゃ、あれにしよう。ベートーベンの交響曲第3番。あいつが私のために書いた曲。」
アルヴィーヌ「でも、ベートーベンはお嫌いでは…」
ナポレオン「よい!人を憎んで曲を憎まずだ。私のために書いた曲をあとで曲名を変えたりしているが、許す。」 (曲名ナポレオンン→英雄)
アルヴィーヌ「弾けません。」
ナポレオン「じゃ、何が弾ける」
アルヴィーヌ「月光なら…」といってピアノを引き始める
ナポレオン「んぁ!なんかさそのフレーズの繰り返し、もっと短くならないのか」
アルヴィーヌ「でも、作曲はこのように…」
ナポレオン「もういい。踊ろう。」
二人踊りだし、ナポレオン走っている時を止めたように片足を膝立て、もう一方は伸ばした状態でアルヴィーヌを抱きとめる。その態勢でいい雰囲気になった矢先、考えが別のところに飛びブツブツつぶやき出す。
アルヴィーヌ「陛下!集中してください!」
ナポレオン、どうでも良くなって彼女を落とす。
シャルル「もともと、数々の浮名を流した彼女にナポレオンを誘えといったのは私だ。だが、彼女が本気になったのは誤算だった」
場面変わって、舞台奥の扉からナポレオンが苦しそうに出てくる。
ナポレオン「何かぁ、お腹痛いし、頭痛と耳鳴りが…」
アントンマルキ「ヒ素中毒の症状ですね。」
アントンマルキ、ナポレオンの様子が悪いので、ハドソン総督に相談する。
アントンマルキ「誰かにヒ素を盛られているような気がするんです。ナポレオンから全幅の信頼を受けていた料理長が今朝死亡しました。彼が付き合っていた女性も同じ症状でした。2人は一本のワインを飲んでいました。ワインにはヒ素が盛られていたんです。」
アントンマルキ「1つ気になっていることがあるんです。ここに置いてある「毒薬取扱説明書」は、一体誰が置いたんでしょう?」
2人はまず、アルヴィーヌのもとへ。
アルヴィーヌ「あの人がフランスからきた、ここから脱出を図る手紙を読んでいるのを見たの」
フランスへ戻ったら、たくさんの女がいるわ。帰ってほしくなかった。だから、ここにあった本を読んでヒ素を盛ったの。」
ハドソン「それは本当にフランスからの手紙?手紙は全て私が目を通している。そんな手紙はなかった。」
アルヴィーヌ「でも私見たわ。」
2人はシャルルのもとへ
シャルル「陛下は若かりし頃、僕の家庭教師をしてくれたことがあるんだ。(ナポレオン、当時の再現)何を言っているのかさっぱりわからなかったけど、軍人に憧れを抱くには十分だった。僕は17で入隊し、陛下にお会いした時ご挨拶したんだ。お久しぶりですと。」
ナポレオン「え〜、誰だっけ?」
アントンマルキ、ハドソン「え〜!聞いてないよー。」
シャルル「聞かれなかったから。その時はとても落胆した。しばらくしてアルヴィーヌと結婚することになったのでご報告に行ったんだ。彼女の浮名を知っていて反対するものもいたんだけどど。」
ナポレオン「家臣の結婚は、予が全て決めているのに勝手に結婚してしまったのか。顔も見たくない。追放だ。」
シャルル「僕は呪ったよ。陛下もアルヴィーヌに目をつけていたらしいんだ。」
アントンマルキ、ハドソン「え〜!聞いてないよー。」
シャルル「だから聞かれなかったから。」
シャルル「ある日、ナポレオンが幽閉されることを新聞で知って」 「アルヴィーヌ、陛下に会いに行こう!」
シャルル「今、彼の周りには人なんかいないはず。随行すれば 奴の遺産を狙える。」
アルヴィーヌ「何を言っているの!私達、追放されたのよ。」
シャルル、ナポレオンに向かって「陛下!私は陛下の忠実なるしもべ、どこまでもご一緒させてください。」
ナポレオン「こんなに忠実なる家臣がまだ予の周りに残っていたとは…」
シャルル「最初は遺産狙いだったが、だんだんフランスに帰りたくなってね。手紙?私が書いてあたかもフランスからのように見せたんだ。そしてアルヴィーヌと二人で…」
ナポレオンを真ん中にしてシャルルとアルヴィーヌがはさみ、首を絞める。ナポレオン力なく倒れる。
シャルル「しかし、六年間のトレーニングで陛下の身体は強靭なものに変わっていた!」
ナポレオン起き上がり「あれ〜!今、なんか首のあたりに、あれ〜!」
この首締めもう一回するがだめ。次にシャルルが鈍器を持ってナポレオンを殴る。一旦倒れるが、再び復活。もう一度首締めたが、失敗。
ナポレオンの「あれ〜!」にシャルル「ほんとに覚えていないのかよっ!」
で、先生に「毒素を吐き出させたほうがいいんじゃないか。」と言ったんだ。先生は何かというと??を処方するって有名だったからね。」
シャルル「先生、??を」
アントンマルキ「しかし、陛下はあんな飲みにくいものとおっしゃっておられた。」
シャルル「では、レモネードに混ぜて。」
ナポレオン「薬、薬をくれぇ」
シャルル、ナポレオンが手を伸ばすと遠ざける。ナポレオン「貴様が欲しいのはこれだろう!」と遺産分割について書かれた遺言状を投げる。
シャルル中を確認しレモネードを渡す「一度は諦めた遺産だったが目の前に現れればやはり嬉しい。」
ナポレオン、薬を飲むと痙攣し死亡。
先生が死亡を確認。
ハドソン「では、蓄積されたヒ素と??薬の複合で死亡したと…。死因は胃癌だ。解剖はするがね。先生、よろしく頼む。」(毒殺だと英国の監視体制を疑われるため)
20年後のハドソンへ
「そう言えば、マルシャンの所へは行かれましたか。今はだいぶ羽振りがいいようで」
マルシャン、舞台奥の扉から入ってくる。
「お待たせしました。陛下の推薦状のおかげで会計検査院に入ることができまして。さ、カフェオレをどうぞ。温かいうちに。遺骸の保存状態が良いのはヒ素のせいだと?ああ、動物の剥製にも使いますからね。」
知らぬ間に訪ね歩いた5人が並んでいる。奥にはナポレオンがチェス盤を前に座っている。
マルシャン「こういう人が出てくることを陛下は予測されていました。どうですか?気分は?飲まれたでしょう?飲み物を。残ったヒ素を皆で分けて持っていたのです、この時のために。」
マルシャン「(遺体の始末)後は、私が。ありごとうございました。これは陛下から今回のことのお礼です。どうせ皆ろくな人生を送っていないだろうからと。陛下は宗教上の理由から自殺するわけにはいかなかった。毒殺も許さない。あくまでも病死という結論を導かなくてはならなかったのです。毒薬の本をあそこに置いたのは私です。後は、ネズミ捕りを近くにおいておくだけで良かった。」
マルシャン、おれいをさしだす。
シャルル「遠慮なく」といって退場。アルヴィーヌ「私も」退場。ハドソンは中々お礼を受け取らない。
マルシャン「陛下はあなたのような総督が派遣されたことを神に感謝しておられました。あなたは、決して毒殺だと言わない方だと見ておられました。」
ハドソン「神に…感謝?」お金を受け取りやぶこうとするが出来ず「わしがあそこでの生活で誇れることがひとつある。彼とチェスをしたことだ。陛下、万歳!」退場

舞台「エッグ」 感想2012/10/07 14:00



@東京芸術劇場 F列 4番

 例によって、また初めての場所だったのでGPSのお世話になりました。だってビルに隠れて建物が見えなかったんだもの。
 劇場は4番だったので、見えない部分があるかと案じていたのですが、とても見やすく役者さんも近くてとても良い劇場でした。音も良かった。
 舞台は凄かった…。こんなに早く姐様レベルの感動が来るなんて!休憩なしの2時間10分、恐ろしい速さで展開する話の流れにくぎ付けでした。来年この劇場で森山くんが観れると思うと感慨もひとしお!
 とにかく、脚本がすごい。トリッキーで技巧的で、最初から最後までこちらの想定を覆し続ける疾走感が半端ない!これだけ話の展開を早くしておきながら、決してぐだぐだにならないのは役者の力量だと思いました。いや、本当に素晴らしかった。
 前半で笑わせておいて、後半こう来るかという展開。最後は怖さも感じました。
 この演目、やはり人気らしく立ち見券に1時間並んだというtweetもありました。

舞台「エッグ」開幕!2012/09/07 21:30

演劇ライフ

 20世紀が残した最後の殻を破る、NODA・MAP最新作『エッグ』。 前世紀、大衆の欲望と熱狂は、スポーツと音楽のかたちをして現れた!フル回転の言葉と身体で割れた卵から、新しい演劇の歴史が生まれる!"エッグ=卵"とは何か。世界か、歴史か、人間か、演劇か、それとも...。
 舞台は休憩なしの約2時間10分。"あるスポーツ"の起源を軸に歴史の暗部。はたまた人間の支配や権力といった模様が描かれる。その中にツイッターやフェイスブック、中国など時勢のほか、寺山修司へのオマージュなどが含まれている。
  "あるスポーツ"のルーキー選手・阿倍を妻夫木聡。ベテラン選手・粒来を仲村トオル。国民的歌手・苺イチエを深津絵里が演じる。
 劇中、なんといっても注目は作詞:野田秀樹×作曲:椎名林檎の楽曲を深津が歌い上げるシーン。野田自身、いつか深津に「歌手の役」をと考えていたそうで、野田の巧みな歌詞に椎名の色気ある楽曲。そのうえに深津の力強く愛らしい歌声がのせられる。これは贅沢だ。ぜひ、劇場で堪能していただきたい!

 深津ちゃん、可愛いwwww。

「The Bee」 野田秀樹さんインタビュー2012/06/19 21:02

@ぴあ全文引用

現在、ワールドツアー真っ最中の『THE BEE』。〈English Version〉と〈Japanese Version〉の2作がここ日本でも観られる絶好のチャンスに恵まれるわけだが、単なる作品インタビューだけをしてもつまらない。なにせ、野田秀樹である。答えられないことはないんじゃないかという知の巨人である。そこで選んだテーマは“フィジカルと言葉”。稀代の表現者は、自己のそして演劇のなにを信じているのだろうか?

――フィジカルと言葉。表現者としての野田さんは、どちらを信じていますか?

「そのふたつを分けられるのは、中学生の時に『なに色が好き?』と女子生徒から聞かれた時のような感じがするな(笑)。質問の真意は、どういうことなんだろう?」

――インタビューという言葉をもらう仕事をしているのにもかかわらず、“フィジカルを伴った言葉”こそを聞きたいと最近感じるようになりまして。「愛してる」よりも「1回やらせろ」のほうがグッとくるというか。

「『1回やらせろ』はフィジカルを説明するための言葉だと思うけどね(笑)。でも、言いたいことはわかるし、いまの説明で答えの半分は出ているんじゃないかな。"フィジカルを伴った言葉"という表現って、ふたつをわけていないよね? 俺が考える表現においても、フィジカルと言葉は離れがたいものだから。いまこうやってインタビューを受けている時だって一所懸命に手や目を使っているわけで、言葉を信じてもらうためには身体がちゃんとしていないと成立しない。逆もあってさ、じゃあフィジカルだけでいいかと言えば、語っていない身体はダメだから。昔、あるダンサーをロンドンで見た時、評価の高かった人なんだけど、バカが踊ってるとしか思えなかった(笑)。まぁ、俺の若い頃もバカが動いてるだけだったけどね」

――どういうことですか?

「フィジカル的に“すごく動ける役者になろう”なんて考えたことは一度もない。でも、芝居を始めた頃から、なぜか知らないけど動いていたわけ。で、その動きを『おもしろい!』と誉められたもんだから、『そうか、俺の動きはおもしろいのか』と調子に乗っていった。しかも、若い頃は跳躍力もあったから、『すげぇ飛んでしかも喋ってる!』なんて評価を受け、さらに調子に乗ると(笑)」

――その初期衝動からキャリアを重ねたいまは?

「キャリアを重ねたというよりも、単純に年齢の問題があるから。年を取ると飛べなくなるんですよ。そして、苦しくなる。苦しいのに飛ぼうとして、そんな自分と何年ぐらい戦ったのかなぁ。35歳前後の5年間ぐらいかなぁ。なんかね、その頃は、わざわざ楽屋に来て『最近、飛べなくなったね』とかいう無神経なひとことにイラっときて『くそ。明日から走り込みだ』とか自分に鞭を打っていた気がする(笑)。でもまぁ、さっき言ったように、俺の場合はフィジカルだけじゃなく言葉も武器だと思っているし、フィジカル面だけで言っても、動けない人が動くというのは演技としてものすごくおもしろいわけでしょ? 演劇や芝居というのは必ずしも数字で計れる世界じゃない。低い数字が限界に挑む姿がおもしろかったりするから」

――苦しいのに飛ぼうとしていた時期の1987年。初めてエディンバラ国際芸術祭に招待された時の感情は覚えていますか?

「もちろん、覚えてる。……もうね、夢のようでした。当時は日本の若い劇団が突然に海外のフェスティバルに呼ばれるなんて絶対になかったから。評価は総じて良かったように記憶している。もっとも、悪い評価もあったんだろうけど、当時は英語もよくわかんないから、とにかく誉めてくれているものだけに目を通してね(笑)。あまりにも嬉しかったものだから、自分としては好きじゃないのに、『ファントム』(『オペラ座の怪人』)の初演を勢いで観てしまったほどで。ところが、内容はともかく、劇場や観客には嫉妬しまくりだった。演劇がかくも愛されているということ。掃除の仕方からもスタッフが劇場を愛していることが感じられたし、会場に来ている観客の拍手からも演劇を愛してやまない雰囲気が漂っていて。役者からも、有名になりたいという不純物が混ざっていない感じがして」

――不純物? 役者が有名になりたいと願うのは不純物なのでしょうか?

「もちろん、『ファントム』に出ていた役者にだって、有名になりたいとの思いがゼロなわけじゃないとは思う。でも、たとえば演劇と音楽を比較するなら、再生可能か否かという点において圧倒的に別物。音楽は再生可能な表現だから、売れちゃったら一夜にしてすごいことになる。でも、演劇というのは、シンデレラストーリーが存在しづらい。だって、どんなに多くの人が演劇を観たといったって1回の舞台に限って言えば1000人とかがせいぜいでしょ? でも、音楽ならばCDや配信で世界中に表現を届けられる。しかも、演劇の場合って、初日に『これはすごい舞台になる!』と感じた作品が回を重ねるごとに『あれ? 意外とのびしろがなかったぞ』と思うこともあるし、初演時は好評を博したのに、再演した途端にダメになってしまう可能性だってある。それが、演劇のおもしろさであり恐ろしさなんだけど、それって数値化できないということでもある。CDのように売り上げ何億枚とかの数字ですごさを裏付けられない魅力。それが演劇というものの正体のひとつだと感じるんだけど、ま、ひとことで言えば、所詮、演劇だから(笑)」

――「所詮」という言葉に、野田さんのフィジカルが伴っているように感じました。額面通りに受け取っちゃダメな言葉だぞと。

「ふふふ。どうなんだろうね(笑)。ただ、エディンバラ以降、ロンドンの仲間と一緒にやっていると、自分自身から余計なものがそぎ落ちていく感覚はある。純粋に演劇に集中している。家を出て電車に乗って稽古場に行って、ふつうに生活しているだけなのに、ちゃんとピリピリしていて。その集中がずっと持続できている感覚があるんです。自分でもなんでだろうってよく考えるんだけど、いまだに答えが出なくてね」

――野田さんがロンドンの仲間と作った傑作が『THE BEE』。2006年にロンドンで初演され、今回、待望の再演が決りました。

「脚本を書いている時に、『絶対おもしろくなる!』という手応えを感じた作品が、これまでに何作かあって、『THE BEE』もそんな手応えを感じた1本でした。でも、それは自分だけの手柄じゃなくて、筒井康隆さんの原作の素晴らしさとロンドンで重ねたワークショップの賜物だと思う。『THE BEE』はロンドンが初演だったから、まったく自信がなくて、だからこそディスカッションすることが重要だった。筒井さんの原作には、被害者の心象風景が描かれていなくて、そこがポイントになる予感があった。たとえば、戦場にいる人間というのはとても非日常的なことが日常となる。いままで隣りでふつうに生活していた人が、突然死んでしまう。だからといって、警察に通報するわけでもなく……。そんな感情をみんなで徹底的に語り合った。だから、『THE BEE』は、脚本だけでなく、ワークショップも含めて、『おもしろくなる!』という手応えが続いた作品だったんだけど、結局、そこなんだろうね」

――そこがどの点をさすのかが気になります。

「役者サイドではなく、脚本家としての話をするとさ。作家なんてものは、作品を書き終えるまではたいがいが暗いもの。でも、なんでそんな暗い作業と向き合えるかっていったら、おもしろがってるかどうかが重要となる。自分の思いつきを信じられていなかったり、おもしがっていられない時に書いていると、仕事化していってしまう。俺、こういった取材とかを『仕事』と言うことはあっても演劇に関しては仕事だなんて思ったことがない。"人間とは遊ぶ動物である"という言葉を信じている古いタイプとしては、仕事=ネガティブワードなわけ。そんな男がさ、脚本を書く際に仕事化しちゃったら最悪でしょ? 実際、仕事化して書いた脚本は絶対におもしろくならない。つまり、俺の場合は絶対に仕事化しちゃダメだぞって」

――『THE BEE』を見て一番感じたのは、「あぁ、人間にはこういう部分があるよなぁ」という感想でした。今回の取材のため、本作の背景には911以降の世界が描かれているとの事前情報を知りつつも、そんなことより、いまそこに立っている役者たちのやりとりが気になって仕方がなかったのです。

「それはいい。いや、そういうことですよ。実は『THE BEE』はアメリカにとってのテロリストを描いているだとか、そんなことを観客に思わせたらダメだと俺は思っているから。観ている人がその場にいることを忘れて、いつの間にか舞台との境が解けていく瞬間。そういう瞬間こそが俺の思う演劇だから。とくに『THE BEE』はそういう作品だと思う。たとえば、人質の指を鉛筆に見立てているんだけど、その家に押し入った男がその鉛筆を折ると。その時、舞台上で折られているのは鉛筆だよね? でも、観てくれている人が実際に人間の指が折られているように感じてくれたなら……。そういうところまでいけた時って、作品としてすごくいいことだと思う」

――日本での再演が楽しみでなりません。最後にNHKのような質問を。算数の数式で、野田秀樹-演劇。=の右側にはなにが残りますか?

「……そういう計算式って成り立つのかなぁ。ゼロって答えると俺=演劇であり、俺にとってのすべてが演劇ってことになるんだろうけど、そういう思考じゃない気がする。だって、俺という存在よりも、演劇という世界のほうが断然大きいと思うから。自分だけのものじゃないからね、演劇って。たとえば、歌舞伎の舞台でも、お囃子などの表舞台を支えている人数分×彼らが子どもの頃から費やした時間×歴史だから。そこから聞こえてくる音に叶うわけねぇよなと感じる瞬間もある。それぐらい演劇という世界は、とてつもなく大きいと思う。俺ひとりなんかじゃまったくかなわないほどに、ね」