舞台「藪原検校」レビュー2012/06/27 22:26

大千秋楽とその前日の2DAYSを予定。それにしても豪華なキャストだ・・・。

観劇速報

【あらすじ】

 時は江戸の享保年間、塩釜の魚売り七兵衛(小日向文世)は女房(熊谷真実)のお産の費用に困り、番ヶ森峠で座頭を殺して金を奪う。だが生まれた赤子は盲目だった。その赤子・杉の市(野村萬斎)は幼少の頃から盗み、脅し、強姦はお手のもの。師匠である琴の市(たかお鷹)の女房お市(秋山菜津子)に手を出し、ついには誤って母親を殺してしまう。その後、師匠を殺し、江戸に出ていく途中で宮司を殺して名刀正宗を奪いとるなど悪行三昧を働く。江戸では藪原検校に弟子入りし、貸し金の取立てで見る間に頭角をあらわし、二度目の師匠殺しをして、出世街道を駆け上り、ついに盲人の最高位「検校」の地位を得る。だが二代目藪原検校の襲名披露の日、その悪行がすべて明るみに出てしまう…。

 杉の市を演じる萬斎は、まるでこの極悪人を楽しんでいるのではないかと思うほど役に馴染んでいて、残酷な殺しの場面も大胆な濡れ場もてらいなく、愛嬌たっぷりに演じてみせる。それだけに時代と社会の“生け贄”となって惨殺されていく最期が哀れだ。

 萬斎と同じようにこの舞台を乾いた感覚に引き上げているのが盲太夫の浅野和之で、オープニングから最後までめりはり良く語りをつとめ、伴奏のギタリスト千葉伸彦とのアドリブなどで、闇の世界からバランスよく笑いに戻してくれる。

 秋山菜津子は琴の市を裏切る女房のお市で、こぼれるエロチシズムとしたたかな生命力はいつもながら鮮やか。杉の市との濡れ場で見せるアクロバティックな動きが美しい。

 小日向文世は小悪党の七兵衛とその対極にあるような大学者の塙保己市、それに母親の間夫や首斬り役人など大活躍だが、藪原検校を“生け贄”にと箴言する保己市の冷徹さは、穏やかな物言いと表情だけに凄みが漂う。

 杉の市の母親には熊谷真実、我が子に無償の愛を注ぐ包容力と優しさをたっぷりと見せる。

 ほかに熊の市や佐久間検校などの山内圭哉、琴の市や初代藪原検校などのたかお鷹、松平定信や宮司などの大鷹明良、強請られる母娘や物売りなどの津田真澄と山崎薫といったキャストたちが、何役も兼ねて舞台を膨らませているのは井上ひさし作品ならでは。 その俳優たちが聞かせる日本橋の賑わいや物売りのさまざまな声が楽しい。声といえば杉の市の見せ場である浄瑠璃「早物語」は、萬斎のみごとな口跡でまさに語りのエンターテイメントという一場を見せてくれる。

 そんなふうに溢れる音への想像力を邪魔しないように黒を基調に道具のない美術(松井るみ)は、赤いロープを命綱やバリアーとして張りめぐらし、杉の市が人を殺すたびに上から垂れてくる細い布も同様に赤く、まがまがしい。
 杉の市は二代目藪原検校という地位に手がかかったとき、28年という短い生涯を無惨に閉じる。
 その処刑のされ方まで残酷で救いのないような物語だが、作者井上ひさしはこの作品を書くについてこんなふうに語っている。
 「東北の片田舎に生まれた盲の少年が、晴眼者に伍して生きて行こうとしたとき、彼の武器はなにか、という禅問答における問いかけのような、奇妙な声が響き渡った。わたしは思わず、“悪事以外にない”と、その声に答えていた」(こまつ座HPより)。

 もちろん「悪事が武器」というのはレトリックでもあるのだが、そんなふうに何が何でも這い上がり、生きて勝ち抜こうとする杉の市の必死のエネルギーが痛ましくもあり、同時に眩しいまでにギラギラと輝いている舞台だ。